2018/01/27

RIVER’S EDGE / Kyoko Okazaki



″平坦な戦場″で僕らが生き延びること


いまどき『リバーズ・エッジ』かよ~って言われるかもしれない。でも、これを書くにあたってネットで岡崎京子を探していたら、何と今年映画化されるらしい。ひょっとすると意外とシュンなのかもしれない。

詩や小説という手法が廃れた現代の日本で感性や才能の行き場として急速に存在感を増し続けてきた手法がコミックとそれに続くアニメだ。もちろんくだらないものが大部分だが、少なくとも詩や小説に行くべきだった(と思える)先鋭な感覚の持ち主たちがコミックやアニメに活路を見だしてきたのは事実だ。

中でも岡崎京子のそれはエクセレントだ。


あたし達の住んでいる街には
河が流れていて
それはもう河口にほど近く
広くゆっくりとよどみ、臭い

河原のある地上げされたままの場所には
セイタカアワダチソウが
おいしげっていて
よくネコの死骸が転がっていたりする

そして
あたし達の
学校もその河のそばにある




というト書きで始まる『リバーズ・エッジ』は彼女の代表作と言われている。しかし、実際私が読んだ彼女の作品はこれ以外では『ヘルタースケルター』のみであり、コミック史やサブカル文化論などにも通暁しているわけではないので、この作品がそれらの中でどのように位置づけられているかだとか、これが本当に彼女の代表作であるのかだとかはわからない。ただ、これが上にも書いたように「エクセレント」な作品であり、彼女の才能が簡単には見つけることのできない稀有なものであることは一読してわかった。

描かれているのは学校(ガッコ)というたった数年の幅しかないエイジだけで形成されたミクロコスモスである。それは大人の世界と隔絶された別の宇宙であり、それだけで過不足なく成り立っている。彼女彼らにとって大人の世界は外界にあってこの世界とは隔壁(バリア)によって隔てられている。しかし、社会規範や規則(ルール)や経済原理などによってがんじがらめになった檻の中のような外の世界からの軋轢は確実に押し寄せてきている。

岡崎京子自身が高校生活を送ったのは1970年代後半であり、高度経済成長や学生運動が終わりを告げ、「しらけ世代」や「新人類」が現れた時代であった。その後バブル経済とその崩壊やベルリンの壁崩壊という激動の10数年を経験して世紀末に入った時期にこの作品は創り出された。描かれているのは喫煙や飲酒がフツーに抵抗なく行われ、ドラッグや援交も特別なこととはされていない高校生活だ。

主人公若草ハルナは、「クラスでは気配を消してるよなおとなしめで目立たないひっそりとした男の子で、でもオシャレでキレイな顔をしているから女の子にはヒソカに人気があって、しかし男子には″攻撃誘発性″のマトでいつもけっこうボコボコにされている」美少年山田のことが気になっている。というのは、複数の女子との交際の噂やゲイの疑いなどで好奇の目で見られている彼の知られざる姿(校庭のすみでのらねこにエサをあげている姿)を知っているからだ。

そんな山田が観音崎(ハルナのBF)たちにロッカーに閉じ込められて置き去りにされたのを助け出した夜、ハルナは彼と二人で夜明けまで歩く。


山田君と河ぞいを歩く
橋をわたる
何も喋らずにゆく

きのう読んだ本には
2000年に小惑星が激突して
地球の生態系はメチャクチャになると
書いてあった

あたし達が24才になる頃だ

今日みた
TVではオゾン層はこの17年間で
5%から10%減少していると言っていた
すでに人間が大気中に放出してしまった
フロンの量は1500万トンに達し
この10%にあたる150万トンが
成層圏にしみ出し
オゾン層を破壊しているらしい

だけどそれがどうした?
実感がわかない
現実感がない

こうして山田君と歩いていることも
実感がわかない
現実感がない


ハルナは登場人物の中では中立的な人物として描かれている。おそらく作者の目の位置に最も近い存在である。うわさ好きで普通っぽい井上ちんと38才妻子持ちと付き合っていていつもプレゼントのブランド品を自慢しているルミちんが彼女のマブダチだ。彼女はときどき授業をバックレて屋上でタバコを吸ったり、同級生の観音崎とセックスしたりして不良している。でもそれはここでは常識の範囲内のことであって、ふだんの彼女は理解がありそうに見えるママ(シングルマザー)の保護のもとに普通の感覚(コモンセンス)の側にいる。その一方で、彼女は山田や吉川こずえのようなはみだしもの(アウトサイダー)に近しい感覚も持ち合わせており、彼らに無意識のシンパシーを感じている。

吉川こずえはハルナとは保健室仲間である。生理痛や酷い便秘でしばしば保健室に寝に行くハルナと貧血で保健室常連のこずえはそこで出会う。こずえはハルナの後輩でテレビや雑誌の人気モデルであり、他の生徒からは特別の目で見られている。彼女には摂食障害があり、時々学校の倉庫として使われている空き部屋などに隠れて大量の食物を口にしては吐くという行為を繰り返している。

ハルナは彼女と山田の仲に嫉妬した観音崎に屋上に呼び出されてひと悶着あった後、屋上に現れたこずえと初めて言葉を交わす。「センパイ、センパイもよく授業バックれますよね」と呼びかけるこずえ。ハルナが振り返るとそこにはどこか爬虫類かエイリアンのような目をしたこずえが微笑みかけていた。こずえは保健室や屋上でハルナを見かけることが重なるうちに彼女に好意を感じるようになっていたのである。

実はこれには前触れがあって、前の晩、山田の二度目の危機を救ったハルナは彼からある秘密を打ち明けられていた。秘密とは河原のヤブの中にある白骨化した死体のことで、山田はそれを「ぼくの宝物」と呼んだ。(この死体をみると勇気が出るんだ)そしてそのときハルナはもう一人この死体のことを知っているのが吉川こずえだと知らされる。(ある日やっぱりつらいことがあって死体をみにこのヤブに入ったら先に彼女がいたんだ。それからたまに二人で死体をみにきたりした。だからこれは彼女の宝物でもあるんだよ)


それからあたし達は
しばらく死体をみていた

「こわい」とか「恐ろしい」とか
「きもち悪い」とかの感情を
一応、感じた

でも、やっぱ実感がわかない

もしかしてもうあたしは
すでに死んでて
でもそれを知らずに
生きてんのかなぁと思った


井上ちんのBFタカハシ君のデマがもとで河原のヤブが学校中の生徒たちの埋蔵金探しの狩場となる。山田とハルナそして吉川こずえの3人は死体を隠すために夜中に河原の空地に集合してスコップで穴を掘る。(ハルナの独言: この人モデルやってるんだよねぇ。あたし見たことある雑誌で、スゲエカッコイイやつ超オシャレなやつ。だけど今いっしょに土掘りしてんの、へんなの)


こずえ: 若草さんは初めてアレを見た時どう思った?
ハルナ: …よくわかんない
こずえ: あたしはね〝ザマアミロ″って思った
世の中みんなキレイぶって
ステキぶって
楽しぶってるけど
ざけんじゃねえよって
ざけんじゃねえよ

いいかげんにしろ
あたしにも無いけど
あんたらにも
逃げ道はないぞ
ザマアミロって


ハルナは観音崎の凡庸な馬鹿さ加減に白け(この人バカだホントに、やだなぁ、こんなやつにあたし処女あげちゃったんだよ)、山田をいじめる彼に怒りを感じている。でも彼が家庭のことで辛い時に何もしてあげられなかったことに「すまない」とも感じている。(なんとなく観音崎君とHしてしまった‐実に2ヶ月ぶりである。観音崎君とセックスしたのは「好き」だとか「嫌い」だとか「愛」とか「恋」じゃなく「感謝」とか「ごめんなさい」とかそういうきもちからだと思う。でもそのことをあたしが「ことば」できちんと表現出来ればセックスはしなくてすんだのだろうか?でもそういったこととあたしの得たあの体の体温が一緒になる感じあの性的な快楽とはどう関係があるのだろう?)

山田はアリバイとして田島カンナと付き合っている。カンナはそれに薄々気づきながら(一応うぶで鈍感な人物キャラ)、それを認めたくない気持ちから山田と仲が良いハルナを恨んだり他に理由を見つけようとしている。山田には好きな相手(男)がいて、カンナとの関係は上の空である。カンナとのデート帰りに(金のためか?性癖からか?自虐のためか?)ホテルで汚いおやじのあそこを咥える。


電波のように

空気の中に見えない何かが
飛びかっている

愛やら
悪意やら
諦めやら
執着やら


ハルナを裏切っているけれど女同士の友達としての感情と恋敵としての感情の狭間で宙づりのルミ。妹への嫉妬と自分への嫌悪と世の中への憎悪が混在するルミの姉。片思いの彼氏への思いと彼の彼女への嫉妬とカンナへのすまなさが同居する山田。世の中の偽善への憎悪の行き場所を探しあぐねる吉川こずえはハルナの中に安堵の地を感じようとしている。そしてそれぞれのストーリーが平行して進み、交差しながら結末の悲劇へと収斂していく。


この街は
悪疫のときにあって
僕らの短い永遠を知っていた

僕らの短い永遠

僕らの愛

僕らの愛は知っていた
街場レヴェルの
のっぺりした壁を

僕らの愛は知っていた
沈黙の周波数を

僕らの愛は知っていた
平坦な戦場を

僕らは現場担当者になった
格子を
解読しようとした

相転移して新たな
配置になるために

深い亀裂をパトロールするために

流れをマップするために

落ち葉を見るがいい
涸れた噴水を
めぐること

平坦な戦場で
僕らが生き延びること


20世紀末の都心からほど近い郊外、10代後半のほんの一時期を共有した少年少女たち。事件後ハルナは母親と共にその場所を出ていく。その「平坦な戦場」でたたかった敵や同志と別れを告げて。

ハルナは彼らと再び会うことはないだろう。しかし、戦場はどこまでも広がっているのだ。


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