2017/07/10

Bebe Rexha etc. - my recent favorites


Bebe Rexha and Ke$ha


半年くらい前にたまたまG-Eazy "Me, Myself & I" を聞いていて、フィーチャリングされていたBebe Rexhaに出会い、その特異な節回しに強く惹きつけられたのだった。元ちとせや中孝介の奄美調、あるいは古代シルクロードのフォークロア調などに通じるものを感じた。心にダイレクトに響いてくる音霊があった。




その後 "I Got You" など他の曲を聞くにつけてもその感は深まったのだった。英米の歌手や曲には窺うことのできないその形質はなんだろうと思って調べて見たところ、案の定彼女の出自はアルバニアなのである。父はマケドニアからの移民、母はアルバニア系アメリカ人である。

彼女の歌の節回しがアルバニアの民族音楽に由来しているかどうかはわからないが、彼女の歌には確かにアルバニアの血が流れているのだと思う。今しばらく彼女の歌に注目していきたいと考えている。






ethnicという意味では中南米にもまだまだ多くの宝が埋まっている感じだが、米国市場の楽曲ももはや中南米由来のリズムや音階の影響なしでは考えられない。

最近聞いた曲の中でおやっと感じた曲の中に、キューバンミュージックとアメリカンカントリーが邂逅したような "Timber" というPitbull ft. Ke$haの面白い曲があった。








2017/04/17

WUTHERING HEIGHTS / Emily Brontëの荒野


嵐が丘 アドレセンスの秘蹟


Ⅰ 
エミリー・ブロンテ(Emily Jane Brontë)が生涯(といってもたったの30年ですが)のほとんどを過ごしたハワース(Haworth)を訪れたのは随分以前のことになります。詩集『ブルー』を出版した翌年の秋でした。私はそのころ仕事でしばらくロンドンに滞在していたのですが、スコットランドのエディンバラを用事で訪れた帰りに、ダーリントンの友人のところに1泊して、そこから彼女の車でハワースまで送ってもらいました。

ハワースは、北イングランドの中央、ウェスト・ヨークシャーに広がる荒涼としたぺニンズ・ムーア(Pennines Moor)の中にある寒村で、ワース渓谷を見下ろす丘の上に小じんまりと佇んでいます。村のメインストリートは石畳の急坂で、1kmくらい上っています。両側には古いレンガ造りの民家や商店が並び、一応観光地なので、それなりの賑わいを見せていますが、エミリーが生きていた時代はどんなに暗く陰鬱な通りだったかが想像されます。

そのメインストリートを徒歩で上っていると、所々で建物の並びが途切れて遥か遠くに広がる丘陵が見渡せるのですが、それがちょっと異様な感じを受ける風景なのです。連なる丘のいたるところが(これは後でわかったことなのですが)自然石を積み上げた低い石垣で囲われていて、その囲いが丘陵全体を網の目のように覆っているのです。その後、映画やテレビでヨークシャーなどのイギリスの田舎の風景が映し出される機会も多くなって、そのような光景も日本の一般のひとたちが知るところとなったのですが、そのころは初めて見るような風景で、何か異次元の世界に導き入れられたかのような感覚(体が浮き上がるような感覚)が襲ってきて、少し衝撃を受けたことを覚えています。


Haworthのメインストリート
遠くに広がる丘陵

この坂を上りきったところに、教会とブロンテ姉妹が暮らしていたハワース牧師館(Parsonage)があります。私はその近くの安宿に2日間泊まって、牧師館、ヒースの茂る丘を深く分け入ったところにあるTop Withens(嵐が丘のモデルになった廃墟)、教会、Black Bull Hotel(兄ブランウェルが通ったパブ)などをじっくりと回ってみました。

Top Withensまではムーア(moorはこの地方の言葉で荒野の意味)の中を34キロ歩いたでしょうか。今では記憶が曖昧になっていますが、森の中のブロンテ橋も渡ったように思うので、森も通ったのでしょう。どこかで手に入れた簡略化した地図を頼りに道の無い道を歩き続けたのを覚えています。薄曇りでしたが、最初に広々とした見晴らしのいい場所に出たときはまさに『嵐が丘』に出てくる荒野が目の前に広がり、震えるような感動が体を通り抜けたのを覚えています(陳腐な表現許してください)。どこまでも続く草原、所々に見える剥き出しの岩盤、ヘザー(ヒース)の茂み、吹き渡る荒々しい風・・・・



ヒースの生い茂るムーア

エミリーはいつもこの荒野を歩き回っていたのでしょう。姉妹の中でも背が高く美人だった彼女は男のように颯爽と歩いたといいます。特に、ムーアでは彼女は人が変わったように、生き返ったようになったと伝えられています。

「ブロンテ姉妹はみんな、はにかみやで、村人に会ったりすると無表情で無口で無愛想で、買い物に下りていく坂道(注:上に書いた坂道だと思います)ではしばしば顔を伏せてすれ違ったというが、ヒースではそういうカタツムリのように内部に尻込みする自我が何の気がねなしに表面にでてくることができたらしい。エミリーは特に人が変わったように活発になったそうである。15歳のときだが、シャーロットの友人エレン・ナッシーが訪ねていったときの回想によると、エミリーは散歩に出て“水の集まり”と名づけた水たまりに来ると、たちまち小さい子どものようにはしゃぎはじめ、片手でオタマジャクシを追いたてながら、弱虫さんねとか、勇気がある子だわと言って、むちゅうに話を作りだして遊んでいた。おそらく彼女は幼少の頃すでに、ハワースの荒野と自分との心理的な、ほとんど精神的な、密接な関係を成立させてしまっていたのだろう。その関係はたぶん、すでに自然との調和感、融和感、一体感といった深さにまで到達してしまっていたのかもしれない」(野中涼「エミリーの荒野」ユリイカ 1980.2

彼女は、姉のシャーロット(Charlotte)や妹のアン(Anne)と違って、一生の間でハワースを離れたのは合計しても2年とちょっと、そのうち都会と言えるところにいたのはブリュッセルの寄宿学校に生徒としていた10ヶ月だけで、生涯(再びいいますが、たったの30年)のほとんどは、荒涼として暗く閉ざされたムーアに囲まれたこの僻村で過ごしたのです。

『嵐が丘』に描かれたようなこの地方の気候に忠実にというところでしょうか、Top Withensに到着するころには、あたりは10メートルさきも定かでないほどの霧に包まれました。霧の中にうっすらと浮かび上がった中世の石造りの農家の廃墟は、屋根も崩れ落ちて外郭の壁だけが残されていました。それは小説を読んで想像していたよりもずっと小さい建物でした。たぶんそれは嵐が丘のモデルではあっても、エミリーの想像力の中で大きく変形されたのでしょう。ただ、絶え間ない風当たり(wuthering)の強さのために、「屋敷のはずれにいじけたように生えている数本のもみの木のひどい傾き方、それから太陽に向かって恵みをこうているように、同じ方向に枝を延ばしているわびしげないばらの木の列などを見ると、丘の背を吹き越えてくる北風がどんなに強いものか」と小説の中で描かれた風景はそのままでありました。私は、誰もいない廃墟の中で、霧に濡れながら30分ほど佇み続けました。


Top Withens
廃墟の内部


Ⅱ 
『嵐が丘』は、大袈裟ではなく、私の運命を決定的に方向付けた作品です。10年前に周りの誰もが驚いた無謀な退職を断行して行末のわからない冒険を始めたのも、もとを糾せば、嘗てこの作品の圧倒的な力に脳漿を突き抜かれたときに運命付けられていたのかもしれません。



Emily Jane BrontëNational Portrait Gallery蔵)

この作品は多くの映画作家にも影響を与えたもようで、古くはローレンス・オリビエとマール・オベロンのものから、私が見ただけでも5本以上の『嵐が丘』が存在しますが、どれもこれも期待して見ただけに、完全にがっかりさせられました。最初のローレンス・オリビエのものが辛うじて暗い情念の風景化に少しだけ成功してはいますが、それ以外の作品はすべて原作とはまったく相容れない別のものに作り上げられています。問題点は無数にあるのですが、まず最初に、なによりもこの物語の要はそこに描かれた“adolescence”であることをどの作家もみごとに見落としているということです。ムーア(荒野)で幼年期と思春期を二人っきりで過ごし、ムーアと一体となったヒースクリフとキャシー、これがこの物語の中核です。

物語の冒頭の部分で、嵐が丘に泊まることになった語り手のロックウッドがそこで体験する恐怖のエピソードが語られます。ロックウッドはその夜、ある事情から偶然昔少女時代のキャッシーが使っていた寝室に迷い込みます。その部屋の中央にはオーク材で作られた奇妙な形の箱部屋(小寝室)が据え付けられており、好奇心に駆られたロックウッドはその中に入ってみるのですが、そこで発見したのは板の塗装を引っ搔いて書き込まれたただひとつの名前の繰り返し、キャサリン・アーンショウ、キャサリン・ヒースクリフ、キャサリン・リントンという無数の文字列でした。そして、さらに四半世紀前の日付で「キャサリン・アーンショウ蔵書」と記名されたひどく黴臭い本(聖書)の余白に小さな文字でびっしりと書き込まれたキャシーの日記を見つけます。ロックウッドはその内容に引きずり込まれて読み耽ります。そこにはキャシーとヒースクリフの子ども時代が生き生きと描き出されていたのです。義理の兄のヒンドリーに虐げられるヒースクリフと彼の唯一の理解者キャシー、一家から疎外された2人(この一家自体が世の中から隔絶されているのですが)が荒涼としたムーアを舞台に創造していく2人っきりの世界。

日記を読んでいるうちに眠ってしまったロックウッドは激しい風が窓を叩く音で目覚めます。驚いて窓の外の暗闇を見つめるロックウッド。そこに彼が見たものは・・・・・

という、物語の最初に出てくるにもかかわらず一つのクライマックスを形作っている場面がありますが、そこにはヒースクリフとキャシーの二人の魂の繋がりが幼少期に凝縮してつくりあげられたことが描かれています。




ブロンテ姉妹がその父親のパトリックと住んでいた牧師館はハワース村の丘の頂上にあります。上述の坂を上り詰めたところです。頂上といっても、私の記憶ではそこから先は荒野が続くので、村の中では一番高い場所ではありますが、うねうねと続く丘陵の中腹といったところでしょうか。

ジョージアン様式の石造りの2階建てで、1階には玄関を挟んで両側に2つずつの窓、2階には5つの窓があります。玄関を入ると、右手に父親の牧師の書斎、左手に食堂兼居間があります。この部屋には机のほかに黒い長椅子があり目に付きます。そしてこの椅子がエミリーが亡くなった場所なのです。「『嵐が丘』出版後ちょうど一年目の十二月のある寒い日、二階からよろめくように下りてきて、この長いすに坐り、間もなく息を引き取った。かつて愚痴や不平をこぼしたこともなく、苦痛一つ訴えたこともなく、医者にかかることさえも拒んで、エミリーは三十歳の生涯を閉じた」(飯島淳秀「嵐が丘を訪ねて」)



Emily終焉の長椅子

階段を上って2階に行くと、正面に小さな部屋があります。この部屋ははじめ子供部屋で、少女時代のブロンテ姉妹が木製の兵隊人形で遊び、アングリアとゴンダルの空想の世界を創造した場所であると思われます。後にここはエミリーの部屋になったということですから、『嵐が丘』もこの部屋で書かれ創り出されたのかもしれません。窓が1つしかない部屋からは教会墓地と教会の塔が見えるだけです。

この教会墓地には、立てられた墓石もありますが、多くが(かなりの数です)まるで風になぎ倒されたかのように横たわっているのです。それを見ているときに、イギリス人とおもわれる男の人が連れの人に向かって、「みんな若すぎる!」と叫んでいるのが聞こえました。当時(18世紀、19世紀)のこの地方では、栄養や医療の事情から若くして亡くなる人が多かったのでしょう。


牧師館と墓地

教会には日を改めて、次の日の早朝に行ってみました。こじんまりとした石造りの教会で、街路から少し階段を上ると小さな木戸があってそれが入口です。誰もいない内部は薄暗くひんやりとしていました。礼拝の人が坐る椅子の間を抜けて、前方の内陣の所まで至りついたとき、足元に少し古色を帯びた金色の板を見つけました。そこには、黒い色で彫られた文字があり、Emily Jane Brontëの文字が読み取れました。それで、この下にエミリーが眠っていることがわかりました。私は「やっと会えましたね」と心の中でつぶやきました。


30年の生涯のほとんどをこの閉ざされた荒野の中の僻村で暮らし、楽しみも何も無い日常の中で、(たぶん)一度の恋愛も経験せずに、ムーアとの交感の中だけで生きて死んでいったエミリー。しかし、彼女の残した唯一の作品『嵐が丘』はほとんど奇跡ともいえる輝きを今も放っています。




Emilyの墓碑銘
ブロンテ家の墓所(柱の下)








2017/03/24

NEON GENESIS EVANGELION / 新世紀エヴァンゲリオン



綾波レイ / Rei Ayanami


きっかけは忘れたが「新世紀エヴァンゲリオン」のテレビ版(1995年放送)をDVDで初めて見たのは10年くらい前のことだった。もともとコミックやアニメの熱心な鑑賞者でもなく、その時々の興味で気に入ったものだけを見る程度の関わり方だったのだが、エヴァについてもそんな流れでの出会いだったのだと思う。

同じ時期に見た「攻殻機動隊」や「イノセンス」などの押井守作品やそれ以前にその緻密な描写や終末的な世界観に惹きつけられて注目していた大友克洋の作品に比較すると絵柄もやや稚拙で緻密さに欠けており、ストーリーやSF的な仕掛けもそれほど凝った感じはしなかったのだが、第一印象として何か妙に感覚を刺激するものがあったことを覚えている。

筑波や精華町の学園都市を彷彿とさせる地方の山奥に分け入って切り拓いたような場所に造られた“第3新東京市”という人工都市とそこで繰り広げられる学校やマンションでのごく普通の疑似日常というアンバラ。それはちょうど「ブレードランナー」や「未来世紀ブラジル」に登場して新鮮な衝撃を与えた未来都市とその内部のレトロ感のアンバラに通じるものがあった。

パイロット(少年少女たち)の中枢神経とエヴァがシンクロして駆動するというアイデア自体はパワードスーツというかなり古くからある概念から発展した様々なロボットやサイボーグものに1980年代に芽生えたサイバー空間やバーチャルリアリティー的な概念が導入されたものとして理解されたが、“使徒”という旧約聖書に由来する巨人たちの出現と人類補完計画などを組み合わせたアダムとイヴ風なストーリー構成はこの物語に一種異質なテーストを与えていたと思う。

そして、何よりもこの物語を他の同種のアニメとは違うものとして印象付けていたのは、登場人物たちの性格とそれらの絡み合いの特異性だったことが今回改めて全編を見直しての感想である。中でも私が最も惹きつけられたのは綾波レイのそれだった。


主人公の碇シンジや葛城ミサト、セカンドチュルドレン(1人称のチャイルドでないところに作者の感覚の拘りがあるようである)の惣流アスカラングレーの性格の原点には親(特に父親)との確執があり、シンジ、ミサト、アスカの性格にはそれぞれかなり隔たりはあるのだが、源流が同じであることがわかる。シンジが代表する性格は傷つきやすくそれゆえ人との接触や関りをなるだけ避けたがるいわゆる“新人類”に始まり“オタク”→“草食系男子”などと呼ばれる系譜を辿って現代に至っている人種である。

綾波レイはそれら主要登場人物たちとは一線を画した特異な存在として描かれている。最初の登場が担架上の包帯だらけで点滴セットという姿であるところも異様だが、その白皙青髪、赤い瞳、痩身の無表情な立ち姿も印象的である。
独り住まいのアパートの部屋は最低限に必要なものしか見当たらず、廃墟のように寒々としている。エヴァ搭乗以外の時の服装はセーラ服であり、しばしば静止した後姿で語る。

綾波レイのもっとも特異な点は、ものごとに対する意欲を見せない点、普通の人々が抱くような様々な欲望のみならず生きること自体に意欲がないように見える点である。にもかかわらず意志(それもかなり強固な意志)を持ち合わせているようなのである。それが何に対する意志であるかは明らかにされないが。現象としては厭世主義に見えるが、いわゆるアクティブ(能動的)な厭世主義ではなくパッシブ(厭世的)な厭世主義とでも言えるものが見えてくる。「綾波は自分の存在を希薄と感じているように見える。ペシミズムとは違う何かをすでに彼女は持っていると思う。同じ14歳とは思えないほどに」(同級生鈴原の言葉)。実際は、レイは使徒リリスとシンジの母ユイの遺伝子を元にして造られたハイブリッドで、物語を通して2回クローンとして生まれ変わっていることが最後に明かされる。感情を表に出さず寡黙で常に無表情なのは「感情の表現の仕方を知らないだけ」(庵野秀明監督の言)ということである。


種明かしはともかくとして、この綾波レイの存在が「新世紀エヴァンゲリオン」に大きな魅力を与えていることは確かである。文明論的にあるいは宮台真司風にサブカルチャー論的な言い方をすると、敗戦 高度経済成長 全共闘運動 燃え尽き症候群 バブル経済とその崩壊と進んで来た戦後日本の文化が行きついた先に生み出されたゴーストが綾波レイだったと言えるのかもしれない。







2017/02/04

aliens / KIRINJI


"ailiens" sung by kirinji
キリンジの『エイリアンズ』 


10年ほど前だったと思うが、自分の旧ブログにキリンジの『エイリアンズ』について取り上げたことがあった。今回新しいブログの起ち上げで題材を探しているうちにキリンジのことを思い出して、久しぶりにYou Tubeで聞き返してみた。色々聞いてみたが、やはり『エイリアンズ』ほどの突き刺さる曲は見つからなかった。もともとJ-POPを頻繁に聞くわけでもなく、知識も少ないのだが、エイリアンズを発見した頃はたまたま訳あってラジオを一日中かけ流していた。倖田來未が出始めの頃で、トーク番組に出ているのを聞いて、えれー元気のいいねえちゃんが出てきたなと思ったが、その頃は既にキューティハニーで有名になった後だったようで、それだけ私がJ-POPの世界に疎かったということである。

大体B'zとかミスチルとかなんやらとか似たようなグループやシンガー(アーティストという呼び方には嫌悪感を感じるのであくまでもシンガー)が流行っているのは知っていたが、メロディーラインはとりたてて惹きつけるものがなく、(もともと私自身どんな歌でも耳に入ってくるのはメロディーが主体で歌詞はあまり追わない質だが)歌詞は何かわけのわからないたわ言にしか聞こえなかった。そして何よりも変に作り込んだような発声法が嫌だった。当時のシーンで評価できたのは椎名林檎やUAや中島美嘉やAIなど数少ない女性シンガーだけである。女性シンガーのほうにずっとナチュラルなタレントの発露が見られたからだ。もちろん、いい加減な聞き手なので、見落としや聞き落としは数知れないと思うが。

そんな折、偶然耳に入ってきたのががキリンジのエイリアンズだった。そして私はその音楽に奇妙な感銘を受けたのを覚えている。音楽を聴くことで自分の中に一つの空間が形成されて広がっていく現象を久しぶりに体験した気がした。公団の上に広がる夜空にボーイング機が飛び去っていく。するとそこはロンドンのドックランズの集合住宅のような廃墟に変貌する。遠く聞こえる車の音はバイパスの澄んだ空気とメスカリンの夜明けを知らせている。この地球のこの僻地にひっそりと佇む二人は月明かりに舐められてエイリアン(宇宙からの侵入者=異邦人)となり、そして二人っきりの孤独の中に沈んでいく。「暗いニュースが日の出とともに町に降る前に」今、孤独な二人は一夜限りのバビロン(流刑地)で、恍惚の月明かりに溶けている。




エイリアンズ 
  
             作詞・作曲 堀込泰行

遥か空に旅客機(ボーイング)音もなく
公団の屋根の上 どこへ行く

誰かの不機嫌も寝静まる夜さ
バイパスの澄んだ空気と 僕の町

泣かないでくれダーリン ほら月明かりが
長い夜に寝つけない二人の額を撫でて

まるで僕らはエイリアンズ 
禁断の実ほおばっては 月の裏を夢みて
キミが好きだよエイリアン 
この星のこの僻地で魔法をかけてみせるさ
いいかい

どこかで不揃いな 遠吠え
仮面のようなスポーツカーが火を吐いた

笑っておくれダーリン ほら 素晴らしい夜に
僕の短所をジョークにしても 眉をひそめないで

そうさ僕らはエイリアンズ
街灯に沿って歩けば ごらん新世界のようさ
キミが好きだよエイリアン
無いものねだりもキスで魔法のように解けるさ
いつか

踊ろうよ さぁ ダーリン ラストダンスを
暗いニュースが日の出とともに町に降る前に

まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実ほおばっては 月の裏を夢みて
キミを愛してるエイリアン
この星の僻地の僕らに魔法をかけてみせるさ
大好きさエイリアン
わかるかい






上段 『エイリアンズ』
下段 『Sweet Soul  以前リリースしていた女性がハイウェイを旅するPVの疾走感がよかった





2017/01/23

HOMMAGE for KEIKO FUJI


The Greatest Diva in the World, Keiko Fuji
偉大なディーバ、藤圭子


私は演歌はあまり好きではない。というより昔から肌が合わず寄せ付けない。私は自分のことをどんなものに対しても最初から拒否せずに理解しようとする性格だと自負?している。が、テレビを見ていて演歌が始まるとすぐにチャンネルを変えてしまう。如何ともしがたいことだ。それは育った音楽環境によるものなのかもしれない。私が日本の歌謡曲、中でも演歌をはじめてちゃんと聞いたのは、もう10代も後半になってからだったように思う。現在では、いくつかの演歌については、酔ったときなどに興に乗ってカラオケで歌ったりするまでになってはいるが。

ところで、藤圭子の歌はそんな歌の分類や範疇などは完全に超越した世界である。他の演歌歌手が歌う歌とは全く異なる響きと起源を持った異次元の世界のものである。彼女の歌う歌であれば、例えそれがど演歌であっても、25時間ぶっ通しで聞いていても飽きないし、心安らかな気持ちにさせてくれる。それだけその声とソウルフルな歌いまわしの生み出す情感は奇跡に近い力を持っている。

私は、藤圭子はかって存在した世界中のDivaの中でも頂点に位置する1人だと思う。

岩手県一関市出身。本名阿部純子。幼い頃から浪曲歌手の父・阿部壮(つよし)、三味線瞽女の母・竹山澄子(2010年に死去。享年80)の門付に同行。旅回りの生活を送り、自らも歌った。旭川市立神居中学校卒業。勉強好きで成績優秀だったが、貧しい生活を支えるために、高校進学を断念。17歳の時に岩見沢で行われた雪祭り歌謡大会のステージで歌う姿がレコード会社の関係者の目に留まり、上京。(Wikipediaより)

沖縄や奄美の民謡、朝鮮半島のパンソリ(판소리)、モンゴルのホーミー、アイリッシュなどのケルト音楽、東欧やアラブの民族音楽など、古い源流を持つ音楽には聴く者の心を揺さぶる響きがある。最近インターネットラジオを聞いていてたまたま発見したBebe Rexhaに強く惹かれたのも、彼女の歌の中に彼女の先祖の地アルバニアの響きを感じ取ったからかもしれない。

そして、藤圭子の声には戦後高度成長期と学生運動の嵐をくぐり抜けた1970年代の東京の異様なテンションの高ぶりが感じられる一方で、それらの民族音楽と同質の原初的な響きが潜んでおり、その絶妙な融合がわれわれの心を揺さぶり続けているようである。彼女の才能には彼女の持って生まれたDNAとともにその生まれと境涯も大きく影響を与えていると思う。


そして、そのDNAは当然のこととしてHikkiに引き継がれている。あまり論じられてはいないようだが、Hikkiの歌声の中には間違いなく同じ形質が流れている。










上から順に
●デビュー曲『新宿の女』  学生運動の嵐が過ぎ去った新宿に響き渡ったディープヴォイス
●『アカシアの雨がやむとき』  昭和4510月 渋谷公会堂 デビュー直後の歌声
●『みだれ髪』  演歌も彼女が歌うと別世界が広がる
●『さすらい』
●『ネリカンブルース』



2017/01/16

MY PRIVATE NARA





My Private Nara


秘密を抱いて
坂道を上っても
解明()かされないことはいくらでもある
My Private Nara
いつもここに戻ってくる
愁いや傷んだ心が
ゆっくりと溶けてゆく街

角振から猿沢へペダルを踏んで
高畑へ上って元興寺に下る
いつも哀しいけれど
美しい街

路地を出て風の向きに進むと
何故かまた路地に佇んでいる自分がいる
哀しいけれど甘美(うつく)しい街

My Private Nara







2017/01/13

CHINESE MOVIES


chinese two movies
中国の二つの映画


『中国行きのスロウ・ボート』は私のお気に入りの村上春樹の初期の短編である。何度か加筆修正されたらしいが、私が読んで知っているのは、安西水丸の表紙絵のある短編集(正確にはそれを文庫本にしたもの)の冒頭に収められたものである。作者の思い出の中にある三人の中国人とのエピソードが描かれていて、村上の初期の作品に特徴的な煌めくような喪失感が漂う秀逸な一編である。ソニー・ロリンズの"On a slow boat to China"をもとに題名を先に決めて、そこから書き始めたものであることは作者の弁として何処かで語られていた。

そこに描かれた中国人は異邦人としてのそれである。日本人として生きながら、意識の中に部外者としての「異邦人」を抱える彼らへの作者の共感とも言えるペーソスが底流に流れている。文芸批評家的に言えば、1970年代の学生運動の時代を生きた村上自身の中にある喪失感と社会の中でのアウトサイダーとしての意識が通奏低音として流れているということになるのだろうか。

私は村上春樹のことを基本的に短編作家だと思っている。初期の代表作『ノルウェイの森』も長編でありながら短編的テイストを持った作品である。『海辺のカフカ』以降の長編は未だ読んでいないが、彼の長編はどれも無理に引っ張ったような部分があり(長編とはそういうものかもしれないが)、少し白けてしまう。その一方で短編には完成度の高いものが多い。私は幼少時代に芥川龍之介や志賀直哉、梶井基次郎といった短編作家の作品を読み耽った経験があるが、村上春樹についても短編が好みである。戦後の短編作家では、もう一人金井美恵子がいる。短編集『プラトン的恋愛』に収められた作品群はとても素晴らしい。

中国に話を戻そう。今の時代は村上の描いた時代には思いもよらなかったほど多くの中国人が巷に溢れている。一方、村上が描いた時代の中国は文化大革命の時代であり、日本からは遠い国であった。われわれの知り得る中国は雑音だらけの北京放送に耳をくっつけてようやく日本語を拾い聞きすることによってしか知ることのできない遠い異国であった。今の北朝鮮と同じで、そこに普通の生活や普通の感情が交錯する日常が存在するとはとても思えなかった。中国映画といえば思いつくのは(見たことはないが)『紅色娘子軍』くらいで、それは大仰で芝居がかったプロパガンダに終始する革命劇という実態とは裏腹に、「紅色」という語感から妙にエロティックな妄想を抱かせるものだったようだ。

われわれが中国にも映画があることを知るようになったのは、チェン・イーモウ(張芸謀)の『紅いコーリャン』(紅高粱)やチェン・カイコー(陳凱歌) の『さらば、わが愛/覇王別姫』が公開された頃からである。さらに、こちらは返還前の香港映画で中国の本国映画とは系統が異なるが、ウォン・カーウァイ(王家衛)の『恋する惑星』(重慶森林)を見たときには、香港の九龍の電脳的な猥雑さとともに中国人の感性の新しい局面を知らされる思いであった。

そして、目から鱗の中国映画を私は知っている。チアン・ウェン(姜文)の『太陽の少年』(陽光燦爛的日子)とダイ・シージエ(戴思杰)の『中国の植物学者の娘たち』(Les Filles du botaniste 制作はフランス・カナダ)である。


『太陽の少年』は文革時代の中国が背景の映画。下放政策で大人がいなくなった北京で活き活きと生きる少年たちのひと夏を描いた物語である。その解放感とノスタルジーに溢れる画面は、これが文化大革命の時代のことか?と、今まで抱いていた文革とその時代の庶民生活へのイメージを一新させてくれたのであった。鈴木清順の『けんかえれじい』を彷彿とさせる少年たちの無法でヴィヴィッドなパッション。ある日主人公のシャオチュンが忍び込んだアパートで少女の肖像に出会うシーンとその少女(ミーラン)に街で偶然出会うシーンはこの映画の圧巻である。



















『中国の植物学者の娘たち』は中国の雲南省の昆明をモデルとした架空都市昆林の湖に浮かぶ孤島の植物園が舞台の悲恋物語である。中国という思想と表現の自由が閉ざされた社会の中のまたさらに外部から遮断された孤島。制限された少ない自由の中でこそ起こるピュアでジェニュインな恋愛が描かれている。中国人とロシア人のハーフの主人公リー・ミンは孤児院で育つが、薬草栽培の実習で島を訪れる。恋人となるチェン・アンは十歳で母を亡くしてからずっと一人で頑迷な植物学者の父の世話をし続けている。全編に流れる美しい雲南の風景を背景にこの二人の女性が辿る運命が描かれていく。二人の計略で実現したミンとアンの兄との結婚(「私の兄と結婚すれば私たちは一生離れずにいることができる」)であったが、ミンと兄が戯れているところを見て激しく嫉妬するアン。アンが家を出て行ったあとを追ったミンはアンに語りかける。「あなた以外の誰とも決して恋はしない」。こんな在り来たりの言葉が、このシーンで語られるときには間違いなく真実の声に聞こえるのだった。







 



2016/12/31

ACIENT TOMB

ACIENT TOUM 古墳


小奈辺古墳

磐之媛命陵

When I looked up there was a full moon in the center of the south sky shining brilliantly. This time I tried to lay myself down in a supine position on the grass. The moon was still shining beautifully while the sky began to dye light cobalt blue. The dawn may be coming.
I thought of Nana. Nana’s big wet eyes, Nana’s gentle lips, Nana’s thin neck, Nana’s small well-formed breasts, Nana’s slender waistline, Nana’s firm butt, Nana’s smooth conical calf.
Nana and I will never be joined together. Nay! more likely Nana will forget me entirely someday. But I will never forget Nana.
Nana must be living forever in my mind beautifully and melancholily with the memory of this beautiful ancient city. And it will come back to me vividly just as she is after ten years, after thirty years, and even after fifty years.
As I closed my eyes some scenery was pictured.
It was that a woman crossed the lake in a small boat. She wore pure white dress with long hem and her black hair was dropped down to the waist. Under moonlight her porcelain-white skin was shining.
The boat headed for an island in the lake. The island was blanketed with a dense and dark forest but it looked very beautiful and peaceful for me.
When the boat reached the island, the woman got off the boat and stood at the entrance of the road which seemed to lead deeper inside. Shortly thereafter she looked back and waved her thin beautiful hand.
The figure illuminated by the moonlight was full of ethereal shine and bliss. And she disappeared into the forest eventually.
When I opened my eyes the sky changed to light aqua and the night was glowing white. It was because of my tears that the sky looked to contain water. I kept watching the sky for a while as I could not control tears coming up irresistibly.
citation from "FISHES DAY"

 見上げると南の空に満月が煌々と輝いている。私は今度は草原の上に仰向けに寝そべってみた。月はまだ美しく輝いていたが、空は薄っすらとコバルトブルーに染まりかけていた。夜明けが近いのだ。
 私はナナのことを思った。ナナの大きく濡れた瞳、ナナの柔らかい唇、ナナのほっそりとした首筋、ナナの小さく形の良い乳房、ナナの細く括れた腰、ナナの引き締まったお尻、ナナの円錐形の滑らかな脛。 
 ナナと私は結ばれることはないだろう。それどころか、ナナはいつか私のことなどまるで忘れてしまうだろう。でも私はナナのことを決して忘れることはないと思う。
 この美しい古代の都の思い出とともに、ナナは私の心の中でいつまでも美しく、哀しく生きていく。そして十年後も三十年後も五十年後もそのままの姿で生き生きと甦ることだろう。

目を瞑ると、ある風景が目に浮かんだ。
それは、ある女人が小船に乗って、湖を渡って行く風景だ。彼女は真っ白な裾長の着物を身にまとい、黒髪を腰のあたりまで垂らしている。月明かりのもと、彼女の白い透きとおるような肌が輝いている。
小船は湖の中にある島に向かっている。その島は鬱蒼とした木々に覆われているが、私には、とても美しく平和な場所に見える。
小船は島に至りつき、その女人は船を降りて、奥に続くらしい道の入り口のところに佇む。そして、最後に彼女はこちらを振り返って、その細く美しい手を振る。
月明かりに照らされたその姿はこの世のものとは思えない輝きと至福に満ちている。それから、彼女はおもむろに森の中に消えて行くのだった。

目を開けると、空はもう明るい水色に変わって、夜は白々と明けているのだった。空が水を含んでいるように見えたのは私の涙のせいだった。私は無性に涙がこみ上げてくるのを抑えることができずに、しばらくただ空を見つめていた。
                             『魚の日』より