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2018/12/29

永遠の隣で / Next to forever





永遠の隣で(序章)



空は水に濡れたようなブルーだ。
ここはいつもの街並みに間違いないのだが、何かいつもと違う。
舗道沿いのMcDonald’sの赤い看板に描かれたキッチュな黄色の文字も、斜め方向から突き刺さってくる強烈な朝陽を反射して、夜の気怠い風景とは違ったものへと変質を遂げている・・・・・
俺はアルコールで破壊された鉛のように重たい脳漿と身体を引き摺るようにしてこの見慣れたでも何処かいつもと違う舗道を歩いている。


肉が蠢いている、生命体。それぞれの感情とオーガンを薄い肉の下に包み隠して。茜色のシルクのワンピースから剥き出しになった太腿。
路地の果物屋にうずたかく積まれたオレンジ、どこからか漂ってってくる茴香(スターアニス)の香り。


覚醒された感覚だけが街路を舐めるように辷って行く。
やがて空はストロベリー色に変色して、街路や行き交うひとびともその色に染まる。
俺のいろが彼方から近づいて来る、「ニューヨークトリビューン」を片手に抱えて。彼女は陽炎のように仄めきながらやって来て、ゲル状になって俺の身体を通過する。













Next to forever (introduction)




The sky is blue like getting wet with water.
There is no doubt that this is the usual cityscape, but something is different from usual.
Kitsch yellow characters drawn on McDonald 's red signboard along the pavement also reflects the keen morning sunlight that sticks from the oblique direction, and has been transformed into something different from the lazy night scenery ...
I'm walking along the pavement which is accustomed to but somewhere different, dragging the body with heavy lead-like cerebral fluid destroyed by alcohol.

Flesh is wriggling. It's a life form concealing each emotion and organ under the thin skin. Naked thighs exposed from a madder silk dress.
Oranges are piled up in a fruit shop of the alley. The scent of Fennel or Star Anise is coming from out of nowhere.

Only an awake sensation slides licking the street.
Soon the sky turns into strawberry color, the streets and people passing are stained with the color.
My ’Elle' approaches from a distance, holding a "New York Tribune" with one hand. She is burning like heat haze, transforms herself into the gel and passes through my body.













2018/02/11

野菊の如き君なりき / 木下恵介 Keisuke Kinoshita



日本映画の最近

日本映画とは最近とんとご無沙汰である。だいたい10年ほど前からわざわざ映画館に映画を見に行く習慣がなくなって、映画と言えばケーブルテレビの洋画専門チャンネルしか見なくなった。それも無料チャンネルに限られているので、リアルタイムのオンエア作品とはだいぶタイムラグがある。たまに邦画をやっているチャンネルにも目をやることがあるが、目ぼしいものはほとんど見当たらない。きっといい映画は今でもどこかでつくられているのだろうが、こんな怠惰な鑑賞者の目の届くところには現れないのだろう。

もちろん日本映画が駄目と言っているのではない。小津安二郎は日本の監督の中でもっとも外国の監督に影響を与えている監督と思えるが、独特のカメラワークや風景の切り取りなどとともに戦後日本の一時期が持っていた妙に明るいトーンが何故か普遍的に人を惹き付ける力を持っているということだろう。

今ではもう「最近の監督」とは言えないのだろうが、河瀨直美がまだ無名だった頃、ハンドカメラで撮った(奈良と思われる)道を縫うように進んで行くムービをたまたまテレビで見かけて強く惹き付けられたことがあった。その後、『萌の朱雀』が同じ監督の作品と知って自分の感覚の確かさに頷いたものだった。

一方で、最近日本の映画で頻繁に行われているコミックやアニメの実写化にはうんざりしている。他にネタが無いのかと思ってしまう。実際見てみるとほとんどが失敗作に終わっている。文学作品の映画化も過去に数多く行われてきたが、死屍累々たる失敗作の山である。だいたい小説にしろコミックにしろ原作が優れていればいるほどその映画化は原作を台無しにしてしまうことが普通である。それはたぶん原作に含まれる本質や原質を見極めることができずに表面的な図柄や筋だけを追ってしまうという過ちを犯しているからだと思う。

日本映画についてはまた別の機会に語ることにして。
放置していたFACEBOOKの旧アカウントを開いてみたら、いくつか懐かしい書き込みが出てきた。今日はそのうちの一つ(日本映画に関するもの)を紹介することにする。
ここで取り上げた作品は上記原作の映画化で成功した稀有の例の一つであろう。



<以下はFACEBOOKの旧記事からの引用>

2013719

野菊の如き君なりき。 

世にありて ひとたび逢ひし君と云へど 吾が胸のとに 君は消えずも

伊藤佐千夫の『野菊の墓』を初めて映画化した1955年の木下恵介監督作品。映画欄に追加しようと思ったけれど、検索しても出てこないので、ここに載せさせていただきました。

野菊の墓はその後何度も映画化されましたが、この『野菊の如き君なりき』は、伊藤左千夫が自作を仲間の前で読み上げたとき手放しで号泣したという、その思いをもっとも深く忠実に表現しえていて、他の作品を遥かに凌駕した異次元の一作です。

映画は主人公の政夫が年老いて再び思い出の地を訪れ、野菊に埋もれたタミの墓に参るまでの間、回想の形でとつとつと語られる物語りとなっています。
政夫とタミが二人で桑畑を駆けて行くときのローアングルからの長回し、モノクロのみが表現できる光の輝きとコントラストは、二人の青春の一瞬にして二度と訪れることのないアドレッセンスを奇跡的なまでに捉えています。効果的なフェイドアウトと所々に挿入される短歌、すべてが「これしかない」と言える、映画史に残る偉大な作品だと思います。

この映画のためにだけ出現したとも言えるタミ役の有田紀子の可憐さも心に沁みます・・・昔この映画を録画したビデオを持っていて、1か月に1度は見直して(特に二日酔いの土曜の朝などに)、大泣きしていたのですが、そのビデオはある人に貸したまま戻ってこず、もう何年も見ていません。死ぬ前にはもう一度見たいと思っています。







#keisukekinoshita  #木下恵介 #野菊の如き君なりき #日本映画

2017/04/17

WUTHERING HEIGHTS / Emily Brontëの荒野


嵐が丘 アドレセンスの秘蹟


Ⅰ 
エミリー・ブロンテ(Emily Jane Brontë)が生涯(といってもたったの30年ですが)のほとんどを過ごしたハワース(Haworth)を訪れたのは随分以前のことになります。詩集『ブルー』を出版した翌年の秋でした。私はそのころ仕事でしばらくロンドンに滞在していたのですが、スコットランドのエディンバラを用事で訪れた帰りに、ダーリントンの友人のところに1泊して、そこから彼女の車でハワースまで送ってもらいました。

ハワースは、北イングランドの中央、ウェスト・ヨークシャーに広がる荒涼としたぺニンズ・ムーア(Pennines Moor)の中にある寒村で、ワース渓谷を見下ろす丘の上に小じんまりと佇んでいます。村のメインストリートは石畳の急坂で、1kmくらい上っています。両側には古いレンガ造りの民家や商店が並び、一応観光地なので、それなりの賑わいを見せていますが、エミリーが生きていた時代はどんなに暗く陰鬱な通りだったかが想像されます。

そのメインストリートを徒歩で上っていると、所々で建物の並びが途切れて遥か遠くに広がる丘陵が見渡せるのですが、それがちょっと異様な感じを受ける風景なのです。連なる丘のいたるところが(これは後でわかったことなのですが)自然石を積み上げた低い石垣で囲われていて、その囲いが丘陵全体を網の目のように覆っているのです。その後、映画やテレビでヨークシャーなどのイギリスの田舎の風景が映し出される機会も多くなって、そのような光景も日本の一般のひとたちが知るところとなったのですが、そのころは初めて見るような風景で、何か異次元の世界に導き入れられたかのような感覚(体が浮き上がるような感覚)が襲ってきて、少し衝撃を受けたことを覚えています。


Haworthのメインストリート
遠くに広がる丘陵

この坂を上りきったところに、教会とブロンテ姉妹が暮らしていたハワース牧師館(Parsonage)があります。私はその近くの安宿に2日間泊まって、牧師館、ヒースの茂る丘を深く分け入ったところにあるTop Withens(嵐が丘のモデルになった廃墟)、教会、Black Bull Hotel(兄ブランウェルが通ったパブ)などをじっくりと回ってみました。

Top Withensまではムーア(moorはこの地方の言葉で荒野の意味)の中を34キロ歩いたでしょうか。今では記憶が曖昧になっていますが、森の中のブロンテ橋も渡ったように思うので、森も通ったのでしょう。どこかで手に入れた簡略化した地図を頼りに道の無い道を歩き続けたのを覚えています。薄曇りでしたが、最初に広々とした見晴らしのいい場所に出たときはまさに『嵐が丘』に出てくる荒野が目の前に広がり、震えるような感動が体を通り抜けたのを覚えています(陳腐な表現許してください)。どこまでも続く草原、所々に見える剥き出しの岩盤、ヘザー(ヒース)の茂み、吹き渡る荒々しい風・・・・



ヒースの生い茂るムーア

エミリーはいつもこの荒野を歩き回っていたのでしょう。姉妹の中でも背が高く美人だった彼女は男のように颯爽と歩いたといいます。特に、ムーアでは彼女は人が変わったように、生き返ったようになったと伝えられています。

「ブロンテ姉妹はみんな、はにかみやで、村人に会ったりすると無表情で無口で無愛想で、買い物に下りていく坂道(注:上に書いた坂道だと思います)ではしばしば顔を伏せてすれ違ったというが、ヒースではそういうカタツムリのように内部に尻込みする自我が何の気がねなしに表面にでてくることができたらしい。エミリーは特に人が変わったように活発になったそうである。15歳のときだが、シャーロットの友人エレン・ナッシーが訪ねていったときの回想によると、エミリーは散歩に出て“水の集まり”と名づけた水たまりに来ると、たちまち小さい子どものようにはしゃぎはじめ、片手でオタマジャクシを追いたてながら、弱虫さんねとか、勇気がある子だわと言って、むちゅうに話を作りだして遊んでいた。おそらく彼女は幼少の頃すでに、ハワースの荒野と自分との心理的な、ほとんど精神的な、密接な関係を成立させてしまっていたのだろう。その関係はたぶん、すでに自然との調和感、融和感、一体感といった深さにまで到達してしまっていたのかもしれない」(野中涼「エミリーの荒野」ユリイカ 1980.2

彼女は、姉のシャーロット(Charlotte)や妹のアン(Anne)と違って、一生の間でハワースを離れたのは合計しても2年とちょっと、そのうち都会と言えるところにいたのはブリュッセルの寄宿学校に生徒としていた10ヶ月だけで、生涯(再びいいますが、たったの30年)のほとんどは、荒涼として暗く閉ざされたムーアに囲まれたこの僻村で過ごしたのです。

『嵐が丘』に描かれたようなこの地方の気候に忠実にというところでしょうか、Top Withensに到着するころには、あたりは10メートルさきも定かでないほどの霧に包まれました。霧の中にうっすらと浮かび上がった中世の石造りの農家の廃墟は、屋根も崩れ落ちて外郭の壁だけが残されていました。それは小説を読んで想像していたよりもずっと小さい建物でした。たぶんそれは嵐が丘のモデルではあっても、エミリーの想像力の中で大きく変形されたのでしょう。ただ、絶え間ない風当たり(wuthering)の強さのために、「屋敷のはずれにいじけたように生えている数本のもみの木のひどい傾き方、それから太陽に向かって恵みをこうているように、同じ方向に枝を延ばしているわびしげないばらの木の列などを見ると、丘の背を吹き越えてくる北風がどんなに強いものか」と小説の中で描かれた風景はそのままでありました。私は、誰もいない廃墟の中で、霧に濡れながら30分ほど佇み続けました。


Top Withens
廃墟の内部


2017/01/13

CHINESE MOVIES


chinese two movies
中国の二つの映画


『中国行きのスロウ・ボート』は私のお気に入りの村上春樹の初期の短編である。何度か加筆修正されたらしいが、私が読んで知っているのは、安西水丸の表紙絵のある短編集(正確にはそれを文庫本にしたもの)の冒頭に収められたものである。作者の思い出の中にある三人の中国人とのエピソードが描かれていて、村上の初期の作品に特徴的な煌めくような喪失感が漂う秀逸な一編である。ソニー・ロリンズの"On a slow boat to China"をもとに題名を先に決めて、そこから書き始めたものであることは作者の弁として何処かで語られていた。

そこに描かれた中国人は異邦人としてのそれである。日本人として生きながら、意識の中に部外者としての「異邦人」を抱える彼らへの作者の共感とも言えるペーソスが底流に流れている。文芸批評家的に言えば、1970年代の学生運動の時代を生きた村上自身の中にある喪失感と社会の中でのアウトサイダーとしての意識が通奏低音として流れているということになるのだろうか。

私は村上春樹のことを基本的に短編作家だと思っている。初期の代表作『ノルウェイの森』も長編でありながら短編的テイストを持った作品である。『海辺のカフカ』以降の長編は未だ読んでいないが、彼の長編はどれも無理に引っ張ったような部分があり(長編とはそういうものかもしれないが)、少し白けてしまう。その一方で短編には完成度の高いものが多い。私は幼少時代に芥川龍之介や志賀直哉、梶井基次郎といった短編作家の作品を読み耽った経験があるが、村上春樹についても短編が好みである。戦後の短編作家では、もう一人金井美恵子がいる。短編集『プラトン的恋愛』に収められた作品群はとても素晴らしい。

中国に話を戻そう。今の時代は村上の描いた時代には思いもよらなかったほど多くの中国人が巷に溢れている。一方、村上が描いた時代の中国は文化大革命の時代であり、日本からは遠い国であった。われわれの知り得る中国は雑音だらけの北京放送に耳をくっつけてようやく日本語を拾い聞きすることによってしか知ることのできない遠い異国であった。今の北朝鮮と同じで、そこに普通の生活や普通の感情が交錯する日常が存在するとはとても思えなかった。中国映画といえば思いつくのは(見たことはないが)『紅色娘子軍』くらいで、それは大仰で芝居がかったプロパガンダに終始する革命劇という実態とは裏腹に、「紅色」という語感から妙にエロティックな妄想を抱かせるものだったようだ。

われわれが中国にも映画があることを知るようになったのは、チェン・イーモウ(張芸謀)の『紅いコーリャン』(紅高粱)やチェン・カイコー(陳凱歌) の『さらば、わが愛/覇王別姫』が公開された頃からである。さらに、こちらは返還前の香港映画で中国の本国映画とは系統が異なるが、ウォン・カーウァイ(王家衛)の『恋する惑星』(重慶森林)を見たときには、香港の九龍の電脳的な猥雑さとともに中国人の感性の新しい局面を知らされる思いであった。

そして、目から鱗の中国映画を私は知っている。チアン・ウェン(姜文)の『太陽の少年』(陽光燦爛的日子)とダイ・シージエ(戴思杰)の『中国の植物学者の娘たち』(Les Filles du botaniste 制作はフランス・カナダ)である。


『太陽の少年』は文革時代の中国が背景の映画。下放政策で大人がいなくなった北京で活き活きと生きる少年たちのひと夏を描いた物語である。その解放感とノスタルジーに溢れる画面は、これが文化大革命の時代のことか?と、今まで抱いていた文革とその時代の庶民生活へのイメージを一新させてくれたのであった。鈴木清順の『けんかえれじい』を彷彿とさせる少年たちの無法でヴィヴィッドなパッション。ある日主人公のシャオチュンが忍び込んだアパートで少女の肖像に出会うシーンとその少女(ミーラン)に街で偶然出会うシーンはこの映画の圧巻である。



















『中国の植物学者の娘たち』は中国の雲南省の昆明をモデルとした架空都市昆林の湖に浮かぶ孤島の植物園が舞台の悲恋物語である。中国という思想と表現の自由が閉ざされた社会の中のまたさらに外部から遮断された孤島。制限された少ない自由の中でこそ起こるピュアでジェニュインな恋愛が描かれている。中国人とロシア人のハーフの主人公リー・ミンは孤児院で育つが、薬草栽培の実習で島を訪れる。恋人となるチェン・アンは十歳で母を亡くしてからずっと一人で頑迷な植物学者の父の世話をし続けている。全編に流れる美しい雲南の風景を背景にこの二人の女性が辿る運命が描かれていく。二人の計略で実現したミンとアンの兄との結婚(「私の兄と結婚すれば私たちは一生離れずにいることができる」)であったが、ミンと兄が戯れているところを見て激しく嫉妬するアン。アンが家を出て行ったあとを追ったミンはアンに語りかける。「あなた以外の誰とも決して恋はしない」。こんな在り来たりの言葉が、このシーンで語られるときには間違いなく真実の声に聞こえるのだった。







 


#chinesemovie  #太陽の少年 #中国の植物学者の娘たち #中国映画